宮崎県西都市を中心に活動している宮崎合気道会グループ「合気道元徳会」道場長による武道コラム - サムライハートSamurai Heart。私達は、合気道の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたいと考えています。興味のある方は、ぜひ一度見学にお越しください。詳細は、合気道元徳会のホームページをご覧ください。

2016年9月26日月曜日

凶運を避ける方法

 「凶運を避ける方法」について、面白い記事がありましたので参考までに紹介します。


1.幸せの基準を下げる
 「生きているだけで幸せ、死にたいってやつがいたら、こう言えばいいよ、試しに三分息を止めてみな、その後息をしたら、あー生きてて良かったと思うはず」


2.すべてのことに感謝する(聖書)


3.陰ひなたなく働く


4.明るく笑顔でいる


5.自分の欲や栄誉名誉のためではなく、人のために役立つ生き方をする


6.「嬉しい、楽しい、ついてる」の天国言葉を口癖にする


7.「嫌なことがあったら有り難う、良いことがあったら感謝します」と言う


 小難しく書いていなくので、分かりやすくていいですね。



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◇宮崎合気道会グループ「合気道元徳会」
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2016年9月20日火曜日

生死に執着しない生き方

 「私達は、今も一歩一歩死に向かって行進している存在‥」。


 これだけは間違いのない真理、よっぽど暢気な人でなければ、一度は考えたことがあるはすです。


 ‥しかし、なかなか実感が伴わないために忘れがちですよね。


 さて、二十歳過ぎの頃の挫折以来、つい最近まで、いつ死んでもいいと思っていました。


 その挫折を乗り越えようと悩みに悩み、苦しんだ結果、掴み取ったこの世を楽に生き抜く方法、それは、「生死に執着しない生き方」でした。


 様々な悩み、それは、究極的に生死に行き当たることに気づいたからです。


 このため、余計な物は持たない、どんな人にでもできるだけ親切のありったけをしておく、葬式代程度は貯金しておく、守るべき物(者)は最低限、義理とつきあいはほどほどに、人に見せて恥ずかしいものは所有しない等々、現在も実践を続けています。


 結果、様々な意味でのチキンレースには負けたことがありません。


 そんな中、30代初期の頃、まだ少しだけ欲が残っていると気づきました。


 それは、「いつ死んでもいいけど、犬死にはいやだな」ということ。


 「犬死にはいやだ。せめて子犬を助けた‥とか、なにがしかの理由が欲しい」、そう、思っていました。


 まだ、名誉欲をぬぐい去ることが出来ていなかったようです。


 しかし、これもどうにか工夫して乗り越えたつもりでした。


 でも、先日、「これは未だ死ねないな‥」と感じることがあり、再び死というものを意識するようになりました。


 死という存在に対する意味と回答は、既に私の中ではできています。


 怖いというのではなく、「そうなったら寂しいな」という感じでしょうか。


 ただ、もう少し人生を楽しみたくなったというのが本当のところ。


 「まずいな-(笑)、せっかく乗り越えてきたのに‥。でも、まぁいいか」(ちょっとした開き直り)という感じです。


 そこで気がつきました。


 それは、「死というものに対して、気楽になっている」ということ。


 「生死に執着しないというのは、いつ死んでもいいということではなく、生にも、死にも、全く執着しないこと」が正解だったようです。



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2016年9月12日月曜日

封書を四十までに開け

 「封書を四十までに開け」


 “現代の覚者たち 致知出版社”の」覚者の一人、教育者の森信三氏の言葉です。
<参考>
http://shop.chichi.co.jp/item_detail.command?item_cd=159&category_cd=SHOSEKI


 封書とは?


 要約しますと、


 「人は、この世へ送られた使命がある。その使命が何であるかは、神様が使命を記載した封書を一人ひとりに授けているため自らが開封するしか手段はない。それも、遅くとも40歳までに開封しなければダメだ」という意味です。


 さて、「音もなく 香もなく 常に天地(あめつち)は 書かざる経をくり返しつつ」という言葉がありますが、20代の頃からでしょうか? この言葉が頭の片隅から離れず、日々生じる所縁…、その意味を考え続けてきたように思います。


 その結果、ちょっとした“におい”程度ですが、自分の使命を30代半ばぐらいには感じていました。


 道場を開いたのも、もちろんその延長線上にあるからにほかなりません。


 私が道場を開いた年がちょうど40歳でしたので、先ほどの封書の話からすると、天からギッリギリ(笑)で合格証書をいただけたのでしょうか?


 それとも、「この方向に進めばよいのだよ!」と、何者かが背中を後押ししてくれているのでしょうか?


 何かそのような気分です…。


 この本は素晴らしい本です。


 久しぶりに電気が走りました。


 見識のある志の高い人の言葉は重みがありますね。


 今後も変わらず、「いかにこの人生を生ききり、魂を磨き究(極める)めるか」を、武道を通じて考えてまいりたいと思います。



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2016年9月5日月曜日

愚者は成時に闇く、智者は未萌に見る

 「愚者は成時に闇く(くらく)、智者は未萌(みほう)に見る」 戦国策


 「愚かな者とは、悪い物事が起こってきた段階でも、まだ気づかない人物であり、智慧のある者とは、まだ兆し(萌し)が起こった段階であらかじめ察知し、最適な対策を講じることができる人物のことですよ。」


 …という意味でしょう。


 未萌に見るとは、言わば危険察知能力。
 厳しい実社会を安全に生き抜くためには大事なことです…。


 参考までに「合気とは、敵の仕掛ける技を未然に察知できる能力のことだ」と説明する古武道家もいらっしゃいます。


 確かに敵の仕掛ける技が未然に察知できれば、これに越したことはありませんね。


 なお、この「智者は未萌に見る」は元来、武道家の徳の一つとして重要視されてきたものです。


 さて、社会生活上では、

 1.「何となく気になる。または、何となくそんな感じがする」、

 2.「自然と周囲から自然とある方向性へ誘導されている」

 …が羅針盤です。


 もちろん、これには空気が読める以上の感覚(嗅覚?)が前提になります。


 このことが理解できる精神状態で、この事実に確信が持てた場合にようやく「見えないものへの感謝」や「おかげさま」の意味が理解できるようになり真の信仰心が生じます。


 このうえで始めて、「智者は未萌に見る」ことが可能になるようです。


 何も宗教の話をしているのではありません(笑)


 古今東西の「覚者」と言われてきた人には、当然のこととして生じる事実ですし、「このことなくして大成することはない」と喝破する空手家も存在します。


 合気道開祖植芝盛平先生の神業も「未萌に見る」ことなくしては不可能でしょう 。



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