宮崎県西都市を中心に活動している宮崎合気道会グループ「合気道元徳会」道場長による武道コラム - サムライハートSamurai Heart。私達は、合気道の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたいと考えています。興味のある方は、ぜひ一度見学にお越しください。詳細は、合気道元徳会のホームページをご覧ください。

2016年9月20日火曜日

生死に執着しない生き方

 「私達は、今も一歩一歩死に向かって行進している存在‥」。


 これだけは間違いのない真理、よっぽど暢気な人でなければ、一度は考えたことがあるはすです。


 ‥しかし、なかなか実感が伴わないために忘れがちですよね。


 さて、二十歳過ぎの頃の挫折以来、つい最近まで、いつ死んでもいいと思っていました。


 その挫折を乗り越えようと悩みに悩み、苦しんだ結果、掴み取ったこの世を楽に生き抜く方法、それは、「生死に執着しない生き方」でした。


 様々な悩み、それは、究極的に生死に行き当たることに気づいたからです。


 このため、余計な物は持たない、どんな人にでもできるだけ親切のありったけをしておく、葬式代程度は貯金しておく、守るべき物(者)は最低限、義理とつきあいはほどほどに、人に見せて恥ずかしいものは所有しない等々、現在も実践を続けています。


 結果、様々な意味でのチキンレースには負けたことがありません。


 そんな中、30代初期の頃、まだ少しだけ欲が残っていると気づきました。


 それは、「いつ死んでもいいけど、犬死にはいやだな」ということ。


 「犬死にはいやだ。せめて子犬を助けた‥とか、なにがしかの理由が欲しい」、そう、思っていました。


 まだ、名誉欲をぬぐい去ることが出来ていなかったようです。


 しかし、これもどうにか工夫して乗り越えたつもりでした。


 でも、先日、「これは未だ死ねないな‥」と感じることがあり、再び死というものを意識するようになりました。


 死という存在に対する意味と回答は、既に私の中ではできています。


 怖いというのではなく、「そうなったら寂しいな」という感じでしょうか。


 ただ、もう少し人生を楽しみたくなったというのが本当のところ。


 「まずいな-(笑)、せっかく乗り越えてきたのに‥。でも、まぁいいか」(ちょっとした開き直り)という感じです。


 そこで気がつきました。


 それは、「死というものに対して、気楽になっている」ということ。


 「生死に執着しないというのは、いつ死んでもいいということではなく、生にも、死にも、全く執着しないこと」が正解だったようです。



 【リンク】
◇宮崎合気道会グループ「合気道元徳会」
https://sites.google.com/site/gentokukai/


◇合気道元徳会ブログ「合気の舞」
http://gentokukai.blogspot.jp/


◇合気道元徳会道場長コラム「サムライハート」
http://aikido-gentokukai.blogspot.jp/


◇Youtube「Aikido Gentokukai」チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCs_Khixbq0eEYtQcD27Vdnw