「心法」とは心の働きの総称のことです。
また、意識を用いたテクニックを「心術」と表現します。
そして、極意とは、意識(無意識の領域を含めた)の働きを極めることと考えられます。
さて、合気道の目的は「至誠の人」を育成することにありますが、二代目道主である植芝吉祥丸先生は「武道家のこたえ」という書籍の中で、合気道の目的を次のようにも述べられています。
『コマが回る状態に例えていう「澄み切りの境地」を求めるのが合気道の目的ということです』
‥なんと合気道の目的は、「澄み切りの境地」に至ること!だったのです。
この「澄み切りの境地」は、「明鏡止水」という別表現もあり、一般的にはこちらを使用しますね。
参考までに、出典は荘子と言われていますが、辞書によると「曇りのない鏡と静かな水。なんのわだかまりもなく、澄みきって静かな心の状態」のこと。
武道的には、「心の鏡を磨ききって、相手の心の動きが分かる境地」と言えるのでしょうか。
結局のところ、日本武道の目的は「澄み切りの境地」や「明鏡止水の境地」に至ることであり、武道家が晩年に禅を組んだり、滝行をしたりなど様々な宗教的行法を行うのもここの重要性に気づいたからなのでしょう。
達人と呼ばれる方が、最終的に宗教家なのか武道家なのかよく分からなくなったりするのも、これが原因だと思われます。
さて、「澄み切りの境地」に至ればどうなるのでしょうか?
それは、武術的にはいわゆる「後出しじゃんけん」が可能になるようです。
敵の攻撃が未然に察知でき、その攻撃を未発に終わらせることが可能になる・・・。
合気道開祖の話に、「キリスト教では右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しなさいと教えているが、合気道では、右の頬を打ってくれば、それを未然に察知し打たせないことで、自分も被害を受けずに相手に罪を犯させない」、というようなものがあるのですが、本当に素晴らしい思想だと思います。
私もこのような境地に一歩でも近づきたいと考えています。
最後に、古流剣術の言葉、
「雲晴れてのちに光るとおもうなよ もとより空の有明の月」
「武術心法」終わり
【リンク】
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◇合気道元徳会道場長コラム「サムライハート」
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