宮崎県西都市を中心に活動している宮崎合気道会グループ「合気道元徳会」道場長による武道コラム - サムライハートSamurai Heart。私達は、合気道の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたいと考えています。興味のある方は、ぜひ一度見学にお越しください。詳細は、合気道元徳会のホームページをご覧ください。

2016年6月27日月曜日

非切の太刀4

 自分の心が「青空」状態になっていない場合は、下記1~3のいずれかが該当すると思われますので、その内容に応じて対処します。なお、1~2の解消法については、既に前述しました。


 1.生命エネルギーが不足(赤字)している場合
 2.ショッキングな出来事に遭遇した場合や燃え尽き症候群に陥った場合
 3.十悪により心が曇っている場合


 上記の「3」に該当する場合は、客観的に自分の心を観察し、十悪「我慢、過信、貪欲、怒り、恐れ、危み、疑い、迷い、侮り、慢心」が心を曇らせていないかを照らし合わせます。


 十悪が関係していると判断できれば、その原因を探り、自身の心を納得させる作業を行います。逐一コツコツと実践するのがコツなのですが、やりすぎると精神的に病む恐れがあるので、初めの頃は習慣(癖)にしていく程度の意識でやるのがよいと思います。


 次は、心を曇らす原因を作らないよう「何をするにおいても、そこに感情をはさまない訓練」をします。例えば、「あれやっといて‥」と言われた場合、素直に「はい」と行動に移し、一瞬も「面倒だな‥」とか「いいよなー、言うばっかりで‥」とは一切考えない(笑)工夫(修業)をする。これを「超作」と言います。


 そして、最終的には、敵を前にしても真っ新な心境で対峙できるか? 常に明鏡止水の境地で技が練れるか? そこのところを武道で練りに練ります。ここが武道の妙味だと思います。一番難しく、一番面白いところです。


 一度そこに至ったら、武を練りながら心を綺麗にするという作業が主になってくるので、武道は全て「練武洗心」が稽古の中心になるはずです。なお、ここに至った人が「道を歩む人」と言えます。


 そして、これが合気道が競技を行わない大きな理由の一つです。
 競技を行う武道、若しくはスポーツは、武道本来の目的である「明鏡止水の境地を目指すこと」や「見性悟道」など、最も大事なこの点が疎かになりやすく、また、勝ち負けにとらわれすぎるなど、さらに業(ごう)を増やす結果になりがちなので注意が必要です。


 これは競技武道がダメというわけではなく、要は塩梅の問題です。


 また、競技を行わない武道がよいというわけでもなく、この場合も現実から乖離していくなど問題も多々あるようです。


 ‥つづく(次回で終了)




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2016年6月20日月曜日

非切の太刀3

 今回は、少し脱線します。


 結局、不遇な時期の原因とは、①「運気のバイオリズムによるもの」と②「自分の蒔いた種が実を着けたもの」の2種類に分かれます。


 この両者、実は時期がよく重なります。
 このため、辛い試練の時期になりがちです。


 ①の場合は、それぞれのバイオリズムを理解し、それぞれの運気に応じて対応すべきです。これは、合気道の体捌きに通じるものがありますよね。これが本当の意味の活人剣ですので、心も身体も居着かないよう対応しましょう。


 やっかいなのが②の「自分の蒔いた種が実を着けたもの」の場合です。
 結局、自分で蒔いた種は、自分で刈り取らねばならないのがこの世界の法則です。


 苦悩や煩悶とは、「すべてその人の過去から現在までにいたる行為・思い・想念・感情などが悪因となり、ある時期に機が熟して現象化するときに生じる苦しみ」のことです。


 ちなみに般若心経の一つの解釈として、人間は観自在な菩薩である存在であり、その人の想いというものは、基本的に現象化する力を持っていると話される方もいらっしゃいます。


 具体的には、善い想いを描けば、善いことが現象化し、悪い想いを描けば、悪いことを現象化させる力を持った存在だということ。また、見方を変えれば、この世には、このような法則性があるということ‥、結局、その人の想いが人生を形づくるということです。


 しかし、それがいかに辛いことであれ、「自分の蒔いた悪因がいったん現象化すれば、その悪因は全て消え去った」ものと理解、そして確信し、決してマイナスに受け取らずに、「消え去ったならば必ずこれからよくなっていく!」、これを信念化して人生を歩んでほしいと思います。


 そして、「二度とその悪因を掴まない」こと、
 これがとても重要です。


 具体的には、悪いことが現象化してしまったら、「あぁ(汗)、私が以前、悪因となる悪い想いを発したためにこのようなことが起こってしまった‥。しかし、いったん起こってしまったのであれば、その悪因が消えたも同然。もう気にしないぞ! これからは絶対に良くなる」と『善い想いを発することが大事』です。


 しかし実際は、その逆をやりがちですよね。
 例えば、「あぁ(汗)、私が以前、悪因となる悪い想いを発したためにこのようなことが起こってしまった‥。私の人生悪いことだらけ、きっとこれからも悪いことが続くのだろう。自分は何も悪いことをしていないのに‥。それもこれも、あの人達のせいだ‥」等々‥、


 これがさらに悪因をつくった状態です。
 また、昔の悪因を再び掴んだ状態とも言えます。


 これをやると再び悪因を蒔き散らすことになりますので、絶対にやるべきではありません。


 悪いことが起こったら、「これも私が発した悪い想いが現象化してしまったのだな‥(反省)、しかし、いったん現象化したら、その悪因が消え去ったも同然。これからは絶対に善くなる!」と善い想いを発するよう心掛けましょう。


‥つづく




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2016年6月13日月曜日

非切の太刀2

 心法の稽古について説明します。


 まずは、心というものは、「晴れ晴れとしているのが『本来の姿』」だと理解することが肝心です。


 次に自分の心について、感情を交えずに客観的に観察し、「心が青空」状態になっていない場合は、下記1~3のいずれかが該当すると思われますので、その内容に応じて対処します。


 1.生命エネルギーが不足(赤字)している場合
 2.ショッキングな出来事に遭遇した場合や燃え尽き症候群に陥った場合
 3.十悪「我慢、過信、貪欲、怒り、恐れ、危み、疑い、迷い、侮り、慢心」により心が曇っている場合


 1の生命エネルギー(気)の不足が原因の場合は、呼吸法や気功法などにより赤字分のエネルギーを補いましょう。また、栄養価の高い食品を摂取し、積極的に休養するよう努めましょう。


 呼吸法や気功法の本質は、いわゆる「気の赤字」を黒字化するためのものです。長期休暇を取る場合によく「充電する」と表現したりしますが、見える人から見ると本当に生命エネルギーを充電しています。なお、呼吸法や気功法の詳細については、別の機会に譲ります。


 2のショッキングな出来事に遭遇した場合、燃え尽き症候群に陥った場合などに一種の虚脱状態になる場合があります。よく「心にポッカリ穴が‥」がというのがこのことです。失恋もこの類に該当します。


 これは、体を動かす大本である意識体が活動をほぼ休止している状態のことです。自身の心を納得させるための作業「心の切り替え」が必要なので、症状にもよりますが一定の時間が必要な場合が多いようです。


 このような場合、一見「根性がない」、「甘えている」と言う風に見えてしまいがちですので、活動できない状況にある者に対し、結果的に無理強いさせる結果になり、余計ややこしくしている感がありますので注意が必要です。歯がゆいですけど、周囲の人は大らかに接し、本人自体は、多少開き直る必要があるようです。


 このような期間は、旅行に行く、いろんな映画を観る、様々な本を読み漁る等々、「気分一新」に努めるべき時期です。その場合に信じてほしいのが、この期間は、とても辛い時期ですが、「少しずつ成長している期間」でもあるということ。具体的には「自我が少なくなりつつある時期」であること。なお、特別な場合を除き、身体を動かす元となる意識体が気分一新しさえすれば自然と活動を始めるようです。


 また、いわゆる「立ち直りが早い人」とは、自身の心を納得させる切り替え作業が速い人のことですが、立ち直りが遅い人でも経験を積み重ねることでこれが可能になります。


 若い方は悩んでいる時間がありますので、臆病にならず、積極的に棘の多い門松を何度もくぐり、さらにはたくさん赤っ恥をかき(笑)、思いっきり失敗しときましょう。


 徐々に立ち直り方が速くなりますので将来きっと得しますよ(笑)



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2016年6月6日月曜日

非切の太刀1

 梅雨入りに伴い、少し蒸し暑くなりましたね‥。


 この暑さで、稽古のモチベーションが下がっていらっしゃる方はいませんか?


 また、新年度の気疲れで気分が盛り上がらない方もいらっしゃるのではないでしょうか。


 そのような方には、特に道場に通わなくても日常生活でできる「心法の稽古」をオススメします。武道とは、何も道場で体を動かすだけが能ではありません。


 今回は、一番重要だと思う「非切(ひきり)の太刀」を紹介します。


 これは、鹿島神傳直心影流五代目の神谷伝心斎(直光)が晩年、剣術について、「これまでの全ての試合は外道であった。己を捨て、直心で行い、邪心を絶たねば自然に悖る」と考え、極意を得るための稽古法として伝えたものだと言われています。


 さて、この非切の太刀とは“切るに非ずの太刀”ではなく、“自分の非を切り捨てる太刀”のことで、具体的には、心を乱す己の邪心(非)である「十悪」を切り捨てていく作業のこと。なお、この場合の十悪とは、仏教の十悪(殺生、偸盗、邪淫‥)とは異なります。


 この場合の十悪は、「我慢、過信、貪欲、怒り、恐れ、危み、疑い、迷い、侮り、慢心」のことであり、いわゆる邪念・邪心・妄念といった心が乱れる原因を指します。


 武道的に言えば「心が居着いた十の状態」のこと。


 これらは全て心を曇らすものであり、“心が本来持っている機能を発揮できない状態”、または“心のありがたさを失わせるもの”だと言えます。


 武道や禅の世界で言うところの「無念夢想」、「明鏡止水」、「三昧の境地」等とは、これら十悪を全て掃(祓)い清めた状態のことであり、また、私は直心影流の極意「直心」についても上記と同じ意味だと見ています。


 なお、私はこの状態を“心が青空”と表現し、「常に心が青空のように澄み切った状態を維持する」ことを心掛けるように指導していますが、嬉しいことに子供達もけっこう理解してくれているような気がします。


 「稽古とて ほかに求むる道もなし 心の塵をはらうばかりぞ」
 (示現流開祖 東郷重位が師から教わったという歌)



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2016年5月30日月曜日

「武産」(たけむす)

 合気道開祖植芝盛平先生は晩年に、


 「宇宙と結ばれる武を『武産』の武というのである」、


 「宇宙の経綸にあった武の技を生むのが合気の使命なのである」、


 ‥と話されていたそうです。


 結局のところ、合気道修行の最終段階は、「武産」(たけむす)なのでしょう。


 最近、この言葉に、ようやくピントがあってきた気がします。


 これは、合気道を人間相手の技、つまり「人」を相手にしていたら分からないのではないか‥、そう思います。


 やはり、天や宇宙を相手にした合気道、というくくりで理解しないといけない気がします。


 植芝盛平先生は、普段から「まず天之浮橋に立たなければならない」と言われていたようですが、これは、宇宙の入口と解釈することで理解できますね。


 合気道は武術ではあるが、その段階に踏みとどまってはいけない‥、やはり宇宙の研究が必要です。




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2016年5月23日月曜日

直心是道場

 「直心是道場」という言葉が、維摩経というお経の一節にあります。


 修業の場を求めている童子から「どこか素晴らしい道場はないでしょうか?」という質問を受けた維摩居士が、「道場というものは外に求める必要はありません。直心是道場ですからね」と諭した内容からきたものです。


 「直心」とは、「正直で素直な心」また「自然な心」のこと。


 この直心さえ見失わなければ、場所など関係ないという意味でしょう。


 さて、その直心を理想とした「直心影流」という古流剣術があります。


 もう随分前ですが、剣道の先生からこの直心影流の形の一つである「法定」という一見単純で、無骨で華やかさなどは微塵もない4本の組形を学んだことがあります。


 この先生は、いつも一人でウンウン唸りながら太い木刀を使用して20分程度形を行っていたため、始めは一人で行う素振り用の形だろうと思っていましたが、何故か強く惹かれるものを感じていました。


 ‥この先生は、きっと打ち合う相手が欲しかったのでしょう。


 「面白いものではないよ」、「どうせ続かないと思うよ…」 などといいながらも懇切丁寧に教えていただきました(笑)


 確かに若い時の私には、何がなんだか・・・よく分かりませんでしたが、「教えてください」と言ってしまった手前、この先生が異動になるまで相手をさせられた思い出があります(笑)


 ただ最近、この形の素晴らしさがようやくわかり始めました。


 「もっと真剣に学んでおけばよかった…。」というのが正直な気持ちです。


 門外漢ながら、最近この「法定」の形は、直心影流剣術哲学の集大成ではないかと思いはじめています。


 その剣道の先生も「この形を真に体得できればいいんだ」とか、「この形さえできれば人生で行き詰まることはないのだが‥」などとつぶやかれていました。


 私も当時の先生の年齢に近づき、ようやく真の意味が分かってきました。


 単純な「八相発破」、「一刀両断」、「右転左転」、「長短一味」という4本の形なのですが、求めるものは剣の技術だけではありません。


 「八相発破」は、機先を制することを主眼とした形。


 「一刀両断」は、捨て身、刺し違える気持ちを練る。


 「右転左転」は、臨機応変さを学ぶ。


 「長短一味」は、即今只今ここで死ぬことを求める形です。


 また、「八相発破」は春、「一刀両断」は夏、「右転左転」は秋、「長短一味」は冬という風にも表現されています。


 結局のところ、


 「問題が起こる前に対処する」

 「欲を捨て去る」

 「自分が変わらないために変化していく」

 「そして悟ること」


 この四つを真に修練しておけば「人生途上で行き詰まることはない」ということだと思います。


 表現は私風ですが、以上のことを学ぶためにウンウン言いながら、丹田に力をこめて行います。


 もちろん剣の技術も学ぶのですが、主眼は別のところにある・・・。


 日本武道は、やはり奥が深いものですね。



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2016年5月16日月曜日

武道と料理(下)

 ここまで読んで気づかれた方も多いと思いますが、武道界も全く同じだと思います。


 合気道で言えば、例えば「小手返し」という技(料理)があるとすれば、指導者が構え方、手の握り方、体捌き、ステップなどの基本レシピを伝えます。


 古武道で言えば、型(料理)があるとすれば、指導者が一つ一つ構え方から剣の握り方、重心の位置、歩法などの基本レシピを伝えます。


 そのレシピの良し悪し、若しくは伝え方で門弟の技術に優劣が生じる。


 しかしながら、料理の“味を盗む”と同じで、武道界では、“技を盗む”と表現するように基本的なことを学んだら、心法、コツ、力の入れ方・抜き方などは自得しなければなりません。


 自得するほうがよいのです。


 いや、「するべきだ!」と言うべきかもしれません。


 自得するためには、なぜこうなるのか?
 ‥など、自分自身で考える癖や見る目を養わなければならず、その解決のために勉強し、稽古方法を編み出す。


 そして、自分の心身に応じた技を身に着けていく‥。


 自得するには、自己流では難しいし時間がかかります。やはり師の身近にいて学ぶことが最短距離だと思います。


 ‥料理人の世界と全く同じですね。


‥ということは、料理人と同じように私たち武道人も、自身の技のレシピを大事にするのはもちろんのこと、「レシピを改良(改善?)し続ける」作業も必要でしょう。


 また、新たな料理(技)を編み出すことを常に念頭に置いておき、伝統的レシピを元に常に半歩革新していくことが求められます。もちろん音楽家や書道家などの芸術の世界でも全く同じですね。


 楽譜などを元に学び、最後に自身の生き様なども含めたその人独自の表現を模索する‥。
 全く同じです。


 伝統を守り続けるだけではなく、常に半歩革新していく心構え‥。
 易経で言うところの「不易流行」。


 こうしなければ、どの世界も生き残ることができないのかもしれません。


 どうもこの世界は、「進化、そして向上」の伴わないものは、「自然に消え去るという法則」が存在するように思います。


 きっと、これも宇宙の意思なのでしょうね。


‥終わり



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